博物学探訪記

福島県郡山市より

只見町探訪記

2018年4月23日、月曜日。奥会津は晴れ。

 

午前中はだらだらとしながら、ふみふみこぼくらのへんたい』(リュウミックス)を読む。

自己が求める性別、他者から求められる性別の葛藤が丁寧に描かれている。

性との付き合いは自我が芽生えてから死ぬまでずっと続いていく。

その中でも思春期における性との向き合い方は難しい。

そこには性だけではなく、自分のありようをある形に決めることへの抵抗感(それは全能感への挫折でもある)があるからではないだろうか。

こうでありたかった自己が他者との出会いで歪み、あるいは花開く。

昆虫が外界に出て蛹から成虫へと変化を遂げる「変態」のように。

その姿は歪なようでいて、どこか美しい。

そのように変わりゆく自分をどうにかして肯定できれば、きっと生きていける。

 

ただみ ブナと川のミュージアム

13時少し前に只見町の「ただみ ブナと川のミュージアム」に到着。

道中のドライヴは陽気な日差しのもと快適に進む。しかし、流石は只見町。まだ雪がそこかしこに残っている。

 

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館内は写真撮影禁止だが、動物のはく製や、ブナの大木がとても目に映える。

入口から展示室前に映像を鑑賞する部屋があり、しばし只見の美しい風景・歴史・民俗を堪能する。四季の移ろいは実際に映像として見ると、その後の文字説明が想像しやすくなる。時間があるならば巧みに編集された映像を見ると楽しめる。

 

只見・ブナの森の物語

 

展示室に入り、「只見・ブナの森の物語」の展示を見る。

一室がパノラマ・シアターになっており、只見におけるブナの生態系を一望できる。

生態系と言い表すのは誇張ではなく、ブナを中心に動植物が豊かに生息している様子をそれぞれの種類に分けて詳細に展示している。

ブナが只見の恵みとして、動植物、そして人間の生に大きく影響しているのがよくわかる。

展示中のブナが雄々しいので、人工物なのか実物なのかがちょっと判断できない。受付の人に聞いておけば良かった。

ブナの大木の根本には実際に水が流れ、「生きたイワナ」が展示されている。

もう一度いう。「生きたイワナ」が展示されている。

かがんで水槽を覗いたくと、イワナと目が合ったので本当にびっくりしました。はい。

 

二階に上がると、ブナが育む環境の中で築いた人間の生活誌と民具が展示されている。

人間は環境に影響を受け、そして環境に適応し、また環境に働きかける。

只見の大雪の中で、山の木々を伐って活用し、輸送は川に堰を作って工夫する。

全力で環境に向き合っている人々の姿が浮かぶ。

自然は厳しい。そこで生きていく。そしてあるときは開発の名のもとに自然を壊す。

人と自然の関係を再考するうってつけの場である。

 

ふるさと館 田子倉

 

ブナと川のミュージアムを見終えた後、マトンカフェで一服しようとしたが本日は休みとのこと。残念。

代わりに、ヤマザキショップで菓子パンとコーヒーを買って、ベンチで食べる。コーヒーが他のコンビニよりも美味しい気がした。

食べ終え、「ふるさと館 田子倉」へ赴く。ブナと川のミュージアムと共通チケットになっており、大人は入館料300円で両方の展示を見る。

 

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こちらは圧倒的に只見の自然を開発した人為、田子倉ダムの建設に特化した展示である。

ダム開発は昭和の大きな歴史だ。日本各地のエネルギー需要、大規模工業化のために各地の自然を開発していく。

その結果、1959年(昭和34年)に只見の田子倉集落がダム湖の底に沈む。

田子倉集落には縄文期の遺跡も発見されており、近世文書では少なくとも江戸時代から集落が形成されていたことが確認されている。

人がそこで暮らし、子を産み、死んでいった場所なのだ。人が生きた場所なのだ。

「金は一時、土は千年」というような標語がダム開発反対の立場に掲げられる。

エネルギーの需要、雪国の不便を改良し各家屋に電灯を灯し、突然の水害にも対応できるようにダムを建設する。その理由はどこまでも実利的だ。

その理由をもとに、ほぼ強制的に集落の人々を移住させる。開発の功罪はどこまでも悩ましい。

展示を見た後、受付の方のご厚意で、只見川電源開発の映像を1時間ほど見せていただく。

 

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吹雪の中、大雪の中、自然に翻弄させながらダム開発を推進する人々の姿を中心に、田子倉で生活する人々の様子が映る。

映像の説明をする同時代のナレーターの口調はどこか楽観的で、誇らしい。

開発に伴う人々の強制移動などの問題はあるものの、それを切り抜ければ明るい未来が保証されている。工事の困難にもめげず、最先端の重機、科学技術で山を、川を工事していく。

 

人間はひとたび計画を推進する立場になると、あらゆる苦難をものともせず、計画を遂行していく。吹雪の中、車を輸送させ、雪崩が起きれば人力で雪を掘る。

工事現場の人々は開発の中で、独自の生活を形作る。宿舎で共同で寝泊まりし、仲間と酒を飲み、寝食を共にする。その労働に勤しむ姿は晴れやかであり、見ていて快いものもある。

しかし、一方で彼らが只見の自然を破壊するのだ。この対比をそう考えれば良いのだろうか。

映像を見ていると、職員であろう女性に話しかけられた。彼女は田子倉出身であるという。

映像ではいまいちわからなかったことを教えていただいた。田子倉ダムは主に関東の工場地帯に送電される。電源開発会社が受注を請け負い、後に東北電力が引き継ぐ。

ダムはその土地のためのものではなく、むしろダムを建設できない地域のためにある。なんともはやと思う一方、自分が住む地域はどうだろうかと振り返る。自分が快適に生活するコストを他の地域、他者におしつけているのだろうか。

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田子倉ダムは只見だけでなく、近隣町村のための雇用も生み出している。

現金収入に乏しく貧困にあえぐ農村が、生きていくために田子倉ダムの建設工事に従事する。公共工事は確かに人を生かしている。しかし一方で人の生に強制的な移動をさせている。

 

只見町が環境にこだわり、上のような施設でダム開発の歴史を展示し続けるのは、どこかで開発の功罪を感じているように見える。

映像資料の楽観的なナレーターとは異なり、現代のわれわれは開発がどこまで必要だったのかに疑問を抱いている。

繁栄と共にけして取り戻せない欠落を知っている。

だからこそ、記録に残し、歴史の再審を続けるのだろう。

かつてここには、名前と顔をもつ人々が、雪国の生活の中で笑顔で暮らしていたことを示すために。

 

自分の立っている地面が、ゆさぶられる。

どうすれば良かったのだろう。どうすれば良いのだろう、と。