博物学探訪記

奥会津より

湯布院探訪記

2018年7月23日。湯布院の民宿で起床。晴天だが、湯布院は標高が高いので気温はおそらく30度前後。福岡や長崎よりもずいぶん涼しく感じる。

 

駅前からの観光通りから東南に少しずれると、田んぼや農地が広がる。美しい。

 

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朝食をすませ、荷物を宿に預かっていただき、金鱗湖をめざす。

 

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金鱗湖近くのゆふいんシャガール美術館に赴く。本日の目的の一つ。

 

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展示室は2階の2部屋になっており、おもにシャガールが手がけたサーカスの絵が展示されている。シャガールの絵はなぜか気になっており、ジョルジュ・ルオーの絵と並んで、展覧会などで発見するとちょっと嬉しくなる。

 

館内は撮影禁止。朝早かったこともあり、他にお客がいなかったので、ゆったりと鑑賞する。

 

シャガールの絵はどこかもの哀しい。サーカスに出ている人々は、多くの場合、男性は異形の姿で、女性は性を強調するようなあり方で、はりついたような笑顔をもって微笑んでいる。自分達が見世物であることを自覚しているかのように。観客はデフォルメされており、表情に乏しいが、サーカスという場を構成している存在であることがよくわかる。しかし、私にとっては画一化された観客よりも、突飛な姿のサーカスのメンバーのほうが人間味を感じさせる。それはなぜだろうか。

 

鑑賞を終えて、山道を歩きながら、2つ目の目的地へ。比較的涼しいといえども、やはり暑い。由布岳の勇壮な姿を見ながら、ひたすら登る。

 

由布院空想の森アルテジオに到着。湯布院で何をするかを探していたとき、一目見て気になった。音楽にまつわるアートを展示する美術館であり、レストラン・カフェも隣接している。どうやら、展示室にはラジオの収録室もあるようだ。設立の背景がいろいろと気になる美術館である。

 

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音楽にまつわる展示が、やはり観客が自分しかいない空間で、繰り広げられる。

静謐な中で、音や、アート、あるいは由布院という土地について思いをめぐらす。

 

展示室の奥が読書室になっており、そこで興味のある本をぱらぱらとめくりながら、心地よい時間を過ごす。

 

シャガールの本を手に取る。ロシア生まれでユダヤ人の彼は、才能を認められ、パリにおもむく。パリではピカソなどの同時代の画家と交流し、徐々に作品が展覧会で人気を博していく。

 

しかし、時勢はナチス・ドイツの勃興と重なる。危険を感じたシャガールアメリカに亡命し、そこで創作活動を続ける。それでも彼は第二の故郷となったパリに戻り、余生を送る。うろ覚えだが、このような人生をシャガールは生きた。

 

だからなのか、シャガールは自分の作品の表象に対してどのような解釈を与えられても良いという趣旨の発言をしている。

 

ユダヤ人であることと、アートについて。

 

また、浜田知明の本も読む。《少年兵哀歌》が有名だ。たしか沖縄の佐喜眞美術館で見たことがある。

 

この美術館は本当に心地よい空間だった。湯布院という避暑地の更に山奥にあって、芸術家村の一画をなしているように立地し、日常を離れて美術に親しむ。湯布院で2、3日はゆっくりと過ごすことができそうな場所だ。

 

村上春樹の『遠い太鼓』(講談社文庫, 1993年)にある好きなシーンを思い起こす。

 

 外に出て少し丘を上がり、最初にみかけたカフェニオンに入って、冷たいビールを注文する。目の奥が痛くなるくらいよく冷えたビールである。静かな午後、暖かい光。「レスボス島はギリシャでいちばん晴天日の多いことで知られています」と観光パンフレットにはある。パトロール・ボートが港に入ってくるのが見える。青と白のギリシャの旗が風に揺れる。まるで人生の日だまりのような一日。

 誰かが僕らの絵を描いてくれないかな、と思う。故郷から遠く離れた三十八歳の作家とその妻。テーブルの上のビール。そこそこの人生。そしてときには午後の日だまり。(343-344頁)

 

 

レストランでビールを飲まなかったことを少し悔やみながら、山道を今度はくだっていく。再びこの地を訪れることはあるのだろうか。